2011年11月8日火曜日

巨大独占企業の意思決定の考察2(なぜ廃炉決定が遅れたのか)

 今回の事故による放射性物質の拡散量は、現時点でチェルノブイリの10~20%程度ということだが、チェルノブイリが広島原爆400発分くらいの放射性物質を放出したとされるので、今回は、少なくとも原爆40発分くらいは放出したことになる。

 もし、事故発生時に、水素爆発が回避できれば、放射性物質は建屋内に留まり、影響ははるかに小規模なレベルで済んだだろう。
 要因は、海水注入(廃炉)の決断が遅れたことだが、なぜこの決断が遅れたのか、前回に引き続き、巨大独占組織の意思決定について考察してみたい。

 巨大独占企業の組織内部の論理で経営陣が決まることは、前回述べた。
 こうなると、世界のすべては、組織内で完結し、敵(ライバル)も味方も組織の中にいる状態になる。
 組織外部の意見は、組織内部に影響することで間接的にのみ影響を与えることができる。
 
 また、このような組織における個人の潜在的目標は、収入額や地位の絶対値ではなく、ライバルとの地位、収入、組織内部の信望などの相対的優位である。

 よって、組織内部のライバルとの相対関係が重要な関心であり、組織内部からの攻撃には弱く、外部からの攻撃には強い。
 なぜなら、外部からの攻撃は、企業全体への攻撃であり、個人の損失は分散し極小化される。また、外部からの個人攻撃には組織全体で守ろうとする強い力が働く。(組織を守る人が出世する組織の風土のため)
 また、独占企業は、損失を消費者へ上乗せすることもできる。

 一方、組織内部からの攻撃は、個人または、派閥に直接損失を与え、ライバルとの相対的優位が崩れるからである。

 長々と前提の述べたが、なぜ廃炉決定が遅れたのか、意思決定構造を考察してみる。

 まず、事故時に即廃路決定し、海水注入をした場合は、膨大な社会的被害は回避できるが、原子炉1基廃路すると数千億の損失、1~4号機の廃炉で一兆円を超える損失になるかもしれない。
 この損失は企業および組織の純損失である。そして、組織内部に「廃炉の判断が早すぎた、俺なら、廃炉しなくてもなんとかできた」という人が出てくる。
 このようにして意思決定者は、ライバルとの相対的優位が崩れることを危惧する。

 一方、海水注入しなくても、水素爆発も防げれば、大規模な事故も起こらず、発電所も再開できる。
 また、仮に大事故が起こっても、被害を負うのは組織外部であり、組織外部からの攻撃は、対企業への攻撃であり、経営陣個人の損失は極小化される。

 このことから、意思決定者個人が負う損失は、即廃路決定しないで、一か八かの復旧にかけた方が、少なくなる。
 よって、事前に事故時の廃炉決定基準でもない限り、こういう組織は、廃炉決定はできない。
 また、巨大組織特有の重厚な、何層もの階層組織であり、稟議が部署が上から上へと流れて誰も決断できない状況になっていったのだろう。

 事故後の東電発表の、人件費一律カット(ただし、職位による年収の逆転が起こらない範囲)には笑ってしまった。(経営陣、管理職、それ以外とカット率は分けているが)
 昔勤めていてつぶれた会社と同じ「伝家の宝刀 報酬一律カット」と発想が似ている。
 一律カットは、組織内部の相対的優位性に差がつかないので、最も好まれる手法だろう。
 収入的にも経営陣は、年収3000万が、1500万になってもそれほど困らないだろう。
 
 さらに、賠償金ねん出のために、公金投入や電気料金値上げの話が出てきたが、これをやったら、企業はリスクを負わず、国民に損失を負わせるだけになり、完全なモラルハザードだと思う。今後も体質は変わらないだろう。

 では、構造的な安全軽視体質を改めるにはどうしたらよいのだろうか?
 出資者や、消費者、周辺住民などの、外部のステークホルダーの意見を無視したら、出世できないか、企業が存続できない仕組みが必要である。
 簡単に言えば、経営陣と会社が外部リスクを共有しなければならない。

 一案としては、発電、送電、配電、売電、それぞれ分割することだ、さらに発電も水力、火力、原子力など発電事業ごとに分割民営化する。

 こうすれば、個別の企業の経営陣が個別事業のリスクを負う主体であり、正確にリスクを認識し、意思決定も早くなる。
 また、技術の発展にも寄与するだろう。

 消費者は、多少高くても、風力とか水力を購入したりと発電源を選べるようになる。(実際は、複数電源を組み合わせた、ポートフォリオの売電商品が必要になると思う。)
 こうすれば、消費者の意見や外部の利益に気をつけないと企業が存続できなくなる。
 また、自然発電の促進にもつながるだろう。

 もう一つの追加の意見として、事故時の補償として、原子力発電による売上の数%を引当金として積み立てるか、原子力税として国庫に納入する仕組みの導入だ。
 今回の事故補償は2兆円と言われているが、東電売上5兆の内、3割が原子力だとすると1兆5千万の売上がある。その内、数%を積み立てれば、30年で2兆位にはなる。
 安易に原子力発電はコストが低いという認識は、想定外の事故リスクを加味していない。
 被害者への確実な補償はもちろん、原子力発電事業の採算性分析に、想定外の事故リスクを加味させるためには、有効な仕組みだと思う。
 
 これまで、安定供給を名目に守られてきた日本の電力事業だが、そろそろ本気で議論した方がいいのではないだろうか。