その1で述べたように、人間にはリスク認知の傾向があり、同じリスクでも状況により、過少または、過大に評価してしまう。
原始社会では、その認知傾向が生存に有利に働いたのだろうが、近世以降の人間社会では、却ってこのリスク認知のギャップにより大きな悲劇が生まれていると思う。
例えば、歴史ある企業が倒産する時、その原因として、「本業の低迷と、新事業の失敗により」というのが多いように思える。
こういう事態に陥る過程について、リスク認知の視点から考察してみたい。
1.成功体験が続くと、リスクに鈍感になる(失敗がイメージできない)
特に、戦後から90年代まで数十年間も右肩上がりの時代が続いたこともあり、歴史のある企業は、多くの成功体験を重ねている。
安定成長、成功体験が続くと、失敗をイメージできないので、経営環境や社会の変化により大きな脅威が誕生していることを正当に認知することができない。
いわゆる経験主義に陥る。
「リスク認知の法則②:イメージできる方がリスク認知が大きい」が当てはまる。
2.企業規模が大きくなりリスクに鈍感になる
安定した成長過程において、企業規模が拡大し、社員数、売上、知名度がアップしてくると、リスクそのものに鈍感になる。
大きな集団に属している安心感と、企業ブランドへのプライドが高まる。
多少じり貧になっても多くの社員は脅威を認識できない。
「リスク認知の法則③:集団の方がリスク認知が低くなる」が当てはまる。
また、企業規模の増大により、組織は機能分化され、人材も専門化してくる。また、日本では多くの場合、経営意思決定層が分散してくる。
会社全体を見渡すことができる人材が減少し、部署ごとの既得権が生まれてくる。
3.イケイケ戦略(攻めの経営)にはまる
①~②の過程で、環境変化について行けず、業績が低迷し、資本力も低下してくる。
業績低迷に対して、新たな経営戦略を打ち出すが、経営戦略が「攻めの経営」と「守りの経営」に分かれるとすると、こうした企業は、必ず、「攻めの経営」を選択する。
その理由として
①「守りの経営」は、いわゆる本業強化であり、リストラや部署の統廃合、労働条件の低下など組織内部に多くの痛みを伴う。
経営意思決定が分散化し、かつ会社全体を見渡せる人材が減少した組織では、既得権を守るため、「守りの経営」は断固反対される。
②ハイリスク・ハイリターンの誘惑
「守りの経営」は、多くの組織内部に多くに痛みを伴う上に「ローリスク、ローリターン」である。
しかし、「攻めの経営」は、社内の痛みは少なく、夢のあるチャレンジにあふれ、「ハイリスク・ハイリターン」である。大抵の場合、「攻めの経営」に魅了される。
「リスク認知の法則④:果実が大きいとリスク認知が小さくなる」が当てはまる。
③プライドが邪魔をする(リスクを認知できない)
大きな集団に属している安心感と成功体験から倒産のリスクを認識できない。
「企業のプライド」のようなものが、不採算事業の撤退や、価格競争戦略を難しくする。
このような理由で、じり貧になってきても、一旦後退して、防御に徹底することができない。ギャンブラーが必ず、最後の大勝負に出ようとするのと同じで、拡大戦術に走ってしまう。
例えば、高付加価値戦略、新事業進出、新市場開発、新商品・新技術開発といったものに、会社の命運をかけてしまう。
もともと拡大戦術は、ハイリスク・ハイリターンで成功確率は低い、まして、じり貧で、資本力も低下した段階では、成功はおぼつかない。
拡大戦術の失敗により、ますますじり貧になっていく。責任論など社内のトラブルが増える。
4.個人がリスクを認知しはじめ集団は崩壊する
①~③の過程で、内部トラブル、失望で、組織構成員の忠誠心やモチベーションは低下している。
組織を構成する個人が、自分に及ぶリスクを認識し始めた時に、離脱が始まり、組織は崩壊し始める。
戦争の場合は、個人レベルが生存のリスクを認知した時に、一気に崩壊する可能性があるが、企業であれば、生存レベルの危険は少ないので崩壊は急激ではないかもしれない。
初期に離脱する者は、自分で考えて主体的に行動でき、外でも生きていける自信がある人間だ。
職位に関係なく、キーパーソンとなる人物が、抜けていくと、組織が回らなくなる。
そして、生産性、品質ともにますます低下して、会社の経営は成り立たなくなる。
以上、リスク認知のギャップにより歴史ある企業が崩壊していく過程を考察してみた。破たんの理由が「本業の低迷と、新事業の失敗により」というはほとんどこのケースだと思う。
経営コンサルティングの事業再生という分野では、業務に対しては本業強化(不採算部門の撤退、リストラ)策がとられることが多い、外部の力を借りて経営に大ナタを振るうのだ。
しかし、事業再生の成功率は低いと言われている。これは、「集団が崩壊しキーパーソンが離脱した状態」になってからでは、遅いということだろう。
こういう事態に陥らないための対策を思いつくままに書くと
①「リスク認知というのは主観でしかもギャップがあるということを前提」として、客観的、科学的アプローチで対応する。
事前に、リスクの洗い出し、その影響と損失、対応方法を決めておくことが重要である。
②経営意思決定層は、会社全体を見渡せる人材に限定する。(意見は言える)
部署の既得権を排除し、最適な意思決定を行う。
③キーパーソンを多く育てる
多能化、計画的な人材育成を進め、特定の人の離脱による決定的損失が生じないようにする。
④客観的な第3者の視点や評価を取り入れる仕組みを構築する
利害関係にない外部の人間、コンサルタントなどの活用
長文すみません。