2011年11月8日火曜日

日本社会とドロップアウト

 日本社会の損失は、一度、ドロップアウトしてしまうと、再起が難しい点だと思う。

 例えば、良い大学を出て、一流企業に就職したとしても、一度辞めてしまうと、就職先はあまりない。新卒切符は、一度きり有効だ。学歴も年齢とともに役に立たなくなる。

 また、能力と実績をつけて、他の会社に転職というケースもあるが、エンジニアや会計職など、汎用的で専門性のある職業ならよいだろうが、文系でも理系出身者でも、会社員のほとんどが、企業活動の中のさらにそのごく一部の商品や技術、職務に精通しているだけだ。

 他につぶしのきくようなキャリアが身につく仕事なんて、ごく一部だと思う。

 また、一度、ドロップアウトした人間は、色眼鏡で見られてしまう。
 どうせ、「前の会社で役に立たなかったから辞めたのだろう」とか「何らかの問題があるのでは?」、といった感じだ。

 起業や、新たな挑戦をするには、働き盛りの30代~40代が、一番良いと思うが、家庭も抱えて、それなりの収入もあるためドロップアウトのリスクは、まず冒せない。
 
 「本当に優秀な人は、そんな逆境を関係なく行動するから問題ない」という意見もあるだろう。

 もっともではあるが、社会活力という意味では異論がある。
 あくまで個人の意見だが、例えば「起業」という視点で考えると「起業して成功する数」は、以下の式になってくると予測する

 起業して成功する数=起業総数×経営の質×ビジネスモデルの優秀性

 能力が高い人が、ドロップアウトしにくい社会というのは、上の式で「起業総数」が減少し、また「経営の質」にも影響を与えるだろう。
 これらが、乗数的に作用して「起業して成功する数」全体が大きく減少してしまう。
 「起業して成功する数」が減少するということは、社会的機会損失が生じて、社会全体の活力が低下していることになる。

 また、多くの人間が、挑戦できなかった後悔を残しながら暮らしている社会というのは、全体の社会幸福度を下げているだろう。

 自分はすでにドロップアウト組、もう40歳だし、たぶん一般企業への就職は無理だろうな~。